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五代目・吉島夕莉子 海外進出応援マガジンにインタビューを受ける

2022.09.09

お知らせ

2022.09.07に海外進出を目指すアーティストをRESOBOXスタッフの方に【思いを語っていただくインタビューシリーズ】 海外進出応援マガジンに五代目継承者 吉島タ莉子がインタビューを受けました。
掲載内容を以下にて一部ピックアップ! 詳しくはこちらのリンク先海外進出応援マガジン にてご覧ください。
 

鍋島緞通五代目・吉島タ莉子さん編/350年の歴史ある手織り絨毯を現代へ 

鍋島緞通

海外進出を目指すアーティストをRESOBOXスタッフが取材し、思いを語っていただくインタビューシリーズ。今回登場していただくのは、「本家鍋島緞通」(佐賀市)の五代目継承者吉島タ莉子さん(31)です。皆さんは江戸時代から続く伝統工芸「鍋島緞通(だんつう)」をご存じですか? 上質な木綿の糸で織った美しい柄の絨毯です。緞通の歴史や魅力、今後の展望について伺いました。

Q.そもそも「鍋島緞通」とは?
A.上質な木綿で作った手織りの絨毯

「緞通(だんつう)」という言葉を初めて聞く人も多いと思います。緞通は中国語で絨毯のこと。ペルシャ絨毯がシルクロードを通って中国に伝わり、日本には長崎に今から350年前頃(1672〜88年)に、入ってきました。

本家鍋島緞通」が拠点を構える佐賀は、塩分を含む干拓地の土で米が育たなかったため、木綿の栽培に力を入れていました。そんな中、農家を営んでいた古賀清右衛門が、自ら緞通の織る技術を学び、木綿で作り始めたといわれています。その美しさに当時佐賀を統治していた鍋島藩主が惚れ込み、鍋島藩御用として参勤交代の際などに徳川藩や京都の公家への献上品として使うようになりました。他藩に技術が漏れないようにと、決められた人しか技術を学べないように保護し、一般への売買も禁止されていたそうです。

Q.一畳というサイズ感と美しい柄が印象的です
A.サイズは日本で進化 350年前の古典柄を現在も復元 

中国から伝わった緞通は大きかったのですが、日本で畳一畳サイズに進化しました。将軍らが壇上で座ったり、茶席で使用したりするケースが多く、用途に合わせたのでしょう。また、素材は高温多湿な日本に合わせ木綿を使用しています。 
弊社で作っている緞通の柄は、大きく分けて2つ。350年前から伝わる「古典柄」と、現代の暮らしに溶け込むようにデザインした「現代柄」があります。

 

古典柄は、現在30パターン程度。鍋島藩に残っていた品や、遠山美術館(埼玉)に所蔵されていたものを参考に図案を作り、復元しています。美術館や骨董店から「古い緞通が出た」と連絡が入るたびに出向き、鍋島緞通であれば図柄を書き起こしています。

 ~ 中略 ~
 

Q.最後に今後の展望についてお聞かせください
A.可能性広げる活動 思い切り楽しみたい

最近では、東京・白金台の八芳園の料亭など、伝統あるホテルや旅館で使っていただいています。訪れた方に興味を持っていただき、少しずつ広がっていけば嬉しいですね。

また、海外での展開も考えています。数年前に北京で行われた日本伝統工芸展への出展の機会に恵まれました。緞通は元々中国から伝わったので、好まれるだろうと期待したのですが文化や生活様式の違いを感じる結果となりました。しかし、どんな工芸品も歴史を経て他国へ伝わり、その土地の色を加えながら発展し、広がっていきます。鍋島緞通も日本で大きさや色、柄に変化が加わり、進化した状態で発展しています。まだ五代目としての活動は始まったばかりですし、どんな形になるかは未知ですが、固定観念に囚われず挑戦したいです。

鍋島緞通の可能性を広げることは私にしかできないことです。この境遇を思い切り楽しみたいです。

創業家吉島伸一鍋島緞通は、三百五十年続く歴史と伝統を「本家鍋島緞通」として現在、三代目、四代目、五代目と一家継承しております。
五代目の取り組みや挑戦ともども、ご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

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